矢野顕子/さとがえるコンサート2005

傘とA4ファイルと携帯クリーナー。イラスト=糸井重里。

 毎年恒例の「さとがえる」。今年は久々にコンサート・グッズをお手伝いしたこともあり(→2005/11/27のDiary)、二年振りに12月4日(日)のNHKホールでのライブにご招待いただいた。

 最後に観た2003年暮れのライブで突然演奏された「終りの季節」で、レイ・ハラカミとのコラボはすでにはじまっていた。「終りの季節」は今年リリースされたレイ・ハラカミの『lust』に、「さとがえる」のバック・トラック+ハラカミ本人の歌入りで収録された。また、同じ時期にはくるりとの共演も果たしていて、それは2004年のアルバム『ホントの気持ち』に早くも結実した。矢野さんの2003年末以降の動きはそれまでに増して新しい時代へのアンテナが鋭く感じられるし、なんか堂々と吹っ切れていて頼もしい。

 「あんたがたどこさ」や「SOME DAY」などの前半の流れも力強かったが、この日のハイライトはやはり上記の二者の曲だった。くるりは実はあまり多く聴いたことはないが、この日矢野さんが歌った「窓」〜「青い空」は凄かった。いつものことながら十年前からの持ち歌みたいに歌いこなしていた。そして今年もレイ・ハラカミとのコラボに持って行かれた。二年前と同じようにステージ前に一人で出て歌ったのは「気球にのって」(THE BOOMの、ではない)だった。最初のバック・トラックに合わせて歌うところも良かったが、曲の終盤でピアノの方に戻りバック・トラックのエンディングに合わせてピアノで共演するあたりでは鳥肌が立った。「さとがえる」が以前と比べてシンプルになるにつれ、矢野さんのステージでの表現はよりRawで、剥き出しになってきているような気がする。久々の立花ハジメの舞台美術もかなりRaw、剥き出しそのものだったし。

 長い長いアンコールの最中にアンプやギターが次々と運び込まれ、再び現われた矢野さんと一緒に“GOD”がステージに登場すると拍手は巨大な黄色い歓声に変わった。GODを観るのは夏の北海道のフェス以来だったから、もはや他人のような気がしなかった。GODは上下オール・ピンクのスーツに、蛍光イエローグリーンのスポーティーなブーツを履きこなしていた。とてもOVER 50とは思えない。昔在籍していたバンドのヒット曲、モンキーズの「デイ・ドリーム・ビリーバー」(ピアノ=矢野顕子)と、来年早々にリリースされる『はじめてのやのあきこ』というミニ・アルバムにも収録される「ひとつだけ」(これは感動した!)を矢野さんとデュエットし、足早にステージを去っていった。もうみなさんにはGODが誰だかおわかりだろう。今年はいろんな場面でGODに強い力で魂を掴まれた(心臓マッサージ)。GODに限らずOVER 50の人たち(矢野さんもそう)のパワーに瞠目させられることの多いこの一年だった。

 二年前に書いた「さとがえるコンサート2003」のレビューを続きに。
 
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2005/08/19〜20:RISING SUN ROCK FESTIVAL 2005 in EZO

 遅ればせながら、ライジング・サンに行ってきた。初めての北海道、そして初めてのフェス(誘ってくれた高校時代からの友人に感謝!)で二日間強の音楽漬け。とても楽しかった。多くの仕事を同時に抱えていて普通に考えればとても行けるような状況じゃなかったけど、いろんな人々に協力してもらって、参加することができてほんとうに良かったと思う。


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金森穣ノマディック・プロジェクト2[-festival]

 8月13日(土)都立大学・めぐろパーシモンホールで、演出振付家の金森穣がプロデュースするコンテンポラリー・ダンスのイベントを観た。二週間前、金森さんが主宰するダンス・カンパニーnoism05の公演に衝撃を受け、すぐにチケットを買うことにした。あとになって知ったのだが、この日の参加ダンサーのほとんどは主にヨーロッパに渡って活動している日本人で、これだけのメンツが一同に会することはめったにない出来事なのだそうだ。音楽にたとえるとロック・フェスみたいなものかも(やっぱり[-festival]だけに)。いまはコンテンポラリー・ダンスについて知らないことの方が多く、何もかもが新鮮で面白い。

 全部で10の演目の中でとくに印象に残ったのは、一番最初の金森穣+タップダンサー熊谷和徳によるデュオ「HIM」。音楽でも格闘技でも(?)どんな世界でもそうだろうけど、異なるジャンル同士のコラボは想像をはるかに超える面白さをもたらすものだ。熊谷さんのタップが金森さんのダンスに火を付け、その火がまたタップに飛び火して…みたいな二人の火花の散らし合いが目に見えるようだった。あとは、後半のイリ・キリアン振付による小尻健太・湯浅永麻の「Sleepless」。湯浅さんという女性のダンスと、それによって描き出される肉体は、まるでサイボーグみたいで(正確にはクラフトワークの『ヨーロッパ特急』を連想した)、人間の動きをはるかに超越していた。金森さんが振付したnoism05の井関佐和子によるソロ「NINA-prototype」にもそれを感じた。この二つは踊りだけでなく、照明・音楽などすべての効果が素晴らしかった。最後のザ・フォーサイス・カンパニーの安藤洋子と二人の男性ダンサーによる「3A」は、思いがけない方向に次々とヴィジョンが展開されていって、これぞコンテンポラリー・ダンスの醍醐味と思える内容だった。衣裳がmina perphonenの皆川明さんで、男性ダンサーの二人が着ていた栗色の薄いボーダー・ニットが動きやすそうでカッコよくて、ほしくなってしまった。

 上演された10本の多くが男女のデュオだったこともあって、男と女のダンスで表現されるテーマは、恋愛やセックスみたいな男女の永遠の課題にどうしても引き寄せられるものだなあと感じた(クラシックバレエ以来の伝統?)。そこをあえて超えていくような作品がぼくには面白かった。それと、コンテンポラリー・ダンスでとても重要な位置を占めているのは、やはり音楽だった。エモーショナルな音楽、強い印象の音楽は踊る人の心を高揚させ、同時に観る人の心を高揚させる。音楽と遠く離れた(と思える)場所で、音楽の限りないパワーに再び出逢えてうれしい。普段過ごしている音楽の世界からますます離れてみたくなってきた。

福山〜宮島(2)厳島神社千畳閣〜宮沢和史「寄り道」

2005/07/18
厳島神社千畳閣

 自然・歴史・神様(!)と音楽のコラボレーションが素晴らしかった、17日のTHE BOOM宮島ライブ@包ヶ浦自然公園。その翌日、夜に開かれる宮沢和史弾き語りライブ「寄り道」が始まるまでの間、宮島で観光した。そのときの様子は、言葉よりも写真で。

 

宮島の土産物街はのどかで、観光地によくある押しの強さがほとんど感じられなかった。

宮島名物の大杓子。裏通りに入ると、京都にも似た町屋が続く通りへ。

 厳島神社や、近くにある大願寺というお寺のとても居心地のいい縁側でしばらく時を過ごした。まだライブまでに時間があったので、会場の千畳閣に開演前に行ってみることにした。一般の人が参拝できる時間帯だったので、入口で参拝料を払って中へ。いま思えば、ライブ前のこの時間に来ることができてほんとうにラッキーだった。

 中に一歩足を踏み入れると、一瞬で気持ちいい空気に身体が包まれるのを感じた。建物の周囲は窓が一切なく、全方向に開かれている。南側はうっそうと茂った森、北側は瀬戸内海。風が心地よい。板張りの床はやさしい感触で、あちこちで横になって寝転がっている人がいる。究極の癒し空間。豊臣秀吉が戦没兵士の魂を癒すために作った、というエピソードにも納得させられる。

 天井に目を向けると、梁には宮島名物の杓子や船のオール、筆文字や絵が書かれた板が無数に並んでいる。その並びはまるでコラージュ・アートのようだ。きっと平和や航海の安全、家族や仲間の幸せを願う人々が残していったのだろう。いろんな人々の願いを聞き入れ、戦に破れた戦士たちの魂を癒す空間。ぼくは千畳閣のような存在になりたいと思った。ここにはやさしさだけでなく、厳しさからくる強さ、孤高の精神みたいなものが同居していて、それが多くの人々を引きつけているように感じられた。

 その数時間後に始まった宮沢和史の弾き語りライブを観て、「あ、千畳閣が一人いる」。アコースティック・ギターと歌と詩の朗読、楽しさの中にも強い意志を感じるMC。その繰り返しから見えてくる、やさしさと強さと孤高の精神。この人に近付くのはたやすいことではないな、と思った。

Rei Harakami@LIQUIDROOM ebisu

 7月9日(土)、雨が降りしきる中、リキッドルーム恵比寿のレイ・ハラカミ・ワンマンライブ(ゲスト有り)へ。天候にもかかわらず当日券は完売、前も後ろも動きが取れないほどの超満員。オープニングの「終りの季節」(インスト+映像のみ)に続いてハラカミ氏登場。2004年の渋谷O-Eastでのイベント(いま思えば矢野顕子つながりのテイ・トウワの直前に出演)で、初めて生で彼のライブを見て、自らマイクを握る「絶賛盛り下げ中です!」みたいなハラカミ節炸裂のMCもそのとき知って衝撃を受けた。イベントでは長く演奏して4〜5曲がせいぜいだから、今回のようにたくさんの曲をまとめて聴けるのはめったになくとても喜ばしいことだった。そんな晴れの舞台でも例のMCは変わらず(笑)。

 曲は、最新作の『lust』以外では『opa*q』『red curb』からがほとんど。記憶が正しければ1st『UNREST』の曲はなかった気がする。クラブ・ミュージックとして機能させることを放棄してやりたいことだけを追求した『red curb』が、多くのミュージシャンに支持され、のちに彼の代表作になったことを思えば、この選択は正しかったと思う(聴きたい気持ちも正直あったけど)。そしてあまり耳を通してなかったこのアルバムを、もう一度ちゃんと聴いてみたいと思った。

 途中から京都仲間でハラカミが「兄貴!」と呼ぶ、ダムタイプ高谷史郎氏が映像で加わり何曲か演奏した。難解ではないシンプルな映像で、時々音楽とものすごくリンクしてきて心地よかった。(『lust』のsuzukiskiの写真の雰囲気にも通じる)港湾の風景がずっと流れているときの曲が、個人的にはこの日のベストだった。レイ・ハラカミの奏でる音楽には、哀愁、郷愁など「愁」という文字が表わす感情(こんなとき表意文字は便利)をかきたてられることがある。たとえるなら、クラフトワークの「コンピュータ・ラヴ」とか。踊らずに少し下を向いて、音の響きを受け止めるようにして聴いていた観客が多かったのもうなずけた。

 ライブとしては曲順・構成に留意するとさらにマジックが生まれるような気がした。今回みたいな長時間の一人ライブは今後も続けていってほしい。オールナイトではなかったので電車がなくなる前にライブは終了したが、あんな美しい音だったら何曲でも何時間でもアンコールしたいものだ。

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