SHAKE THE MUSIC!

 

 仕事の合間を縫って、BS Asahiが主催するイベント「SHAKE THE MUSIC LIVE」を観に、新木場のSTUDIO COASTへ。会社と関わりのある制作会社の方からの依頼により、このイベントと、秋からBSデジタルで始まる音楽番組「SHAKE THE MUSIC」で使われるロゴのデザインをさせていただいたのだ。ロゴはチラシやホームページのほかに、会場内で使用されるリユースカップ(写真)や、無料で配られるクリアケースなどいたるところに使われていた。おまけにステージ後方には、ぼくがデザインした巨大なロゴ入りの緞帳が、ライトに照らされていろんな色に輝いていた! 演奏を見ているつもりなのに、ついつい自分の作ったステージ上のロゴにばかり目がいって、ニヤニヤしてしまう。舞台美術を作る人は、自分の手がけたステージを観るとき、やはりこんなふうに幸せを感じるのだろうか。デザインをやっていてよかった!と心から思えた。

もう一つの小さな丸

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 新党日本のロゴの、日の丸の横についた小さな丸。
 モノクロの新聞紙で見ると「ゴミ」(印刷用語で製版フィルムに付いた汚れのこと)かなあ?とか一瞬思うのだけど、実はちゃんと意味があるのだそうだ。
 以下、サイトからの引用(上は平山誠氏、下は田中康夫氏)。

私たちの行動は小さくとも、日の丸の朱に染まらずに
冷静な目で日本を俯瞰視して考えてみようとの意味で、
日の丸から少し離れた小さな日の丸をデザインしました。

森の真ん中にしゃがみ込んでいたのでは、美しい森の反対側が乱開発されていても、
産廃で埋め尽くされていても、知る由もありません。
四季に恵まれた日本の一員として、愛する日本を客観的に捉えようとする視点。
こうした意味合いが、もう一つの小さな日の丸に込められています。

 こんなふうに、作る側・使う側の想いや意味が込められたロゴデザインがどちらかといえば好きだ。
 ぼく自身もロゴを作るときは宝探しみたいに隠しメッセージを込めることが多いし、そうやってできたロゴの由来について積極的に語りたがる質なので。小泉首相のワンフレーズ・ポリティックスではないが、分かり易すぎるデザインはあまり好きではない。後からじわじわと、または何かの拍子にハッと気付くみたいなのがいい。
 
 
 別に政治のことに限らず、大きな丸の中に浸っているよりは、もう一つの小さな丸でいたいと思う。逆に自分自身を大きな丸として捉えたときに、小さな丸をいつでも自分の外側に持っていたいな、とも思う。
 ところで、さっきから日本がガラガラと崩れていくような音が聞こえてくるんだけど、気のせいだろうか? 空耳だといいけど……。

GET WILD AND TOUGH

 かつての自分では考えられない量の仕事をこなしているような気がする。

 仕事量をあまり他の人と比べたことがないし、忙しさに対する感覚もどちらかといえば麻痺しているので、まだまだいけるかも、などと思っているくらいだが、少なくとも過去の自分に照らし合わせてみると、いままで実は遊んでたんじゃないの?と思えるくらい、仕事の数・バリエーション共に飛躍的に増していると思う。一昨年くらいからそのような状況に身を置くことの必要性を実感し、自分をとりまく環境やポジションを徐々に変化させていった。それがいまになってようやく最初の実を結んだという感じがする。

 複数のミュージシャンのCDパッケージ、写真撮影の立ち会い、コンサートに関連したチラシやポスターや広告の制作、ウェブサイトのデザイン。ほかにも今度開業するセラピストさんのカードと名刺、BSデジタルの番組ロゴ、等々。これらが場合によっては同時に迫ってくる。どんなに忙しくても(逆に忙しければ忙しいほど)アイデアが瞬間的に浮かんでくるから不思議だ。これは別に自慢ではなく、ほんとうに驚きを感じてしまう。

 そうやって出会う仕事の中には必ずしもベストな環境とはいえないものもある。とんでもない難問も仕事によっては発生しうる。会社の枠の中だけで仕事をしていたときは身近な仲間たちが問題を解消してくれることもたびたびあったが、いまはそうはいかないと感じる場合も多い。以前に比べて自分自身の責任を強く感じるようになった。うまく切り抜けるのも失敗するのも自分次第、みたいな。

 そんなとき“ロック・フェスの雨”みたいな考え方が役に立つことがある。昔の自分だったら、楽しみにしていた野外のイベントで雨が降ってきたら悲しい気持ちになっただろう。いまなら雨が降ることも含めて楽しいと言い切れる。ひとつはマイナスと思える状況を楽しむこと。そしてそれだけではなく(それだけだと、“雨”という外的環境に対して感覚が受動的になってしまう)、マイナスに近い状況を少しでもプラスに持っていけるよう、五感をフルに使って自分で実際に動いてみること。一見四面楚歌にしか見えない状況の中でも(それほどの場面に遭遇したことはまだないが)、よーく見渡してみれば、あるいは自分の行動次第で、味方になってくれる人もいるわけで。いままで自分の世界だと思っていた領域の外側にも、味方や理解者、仲間を見つけることができるようになり、そうして世界はだんだん広がっていく。ぼくは前と比べてタフになった。

気づいたらここにいた。

 きょうは朝から、ドラマー林立夫さんの写真撮影があった。10月26日にリリースされる『Non Vintage〜林立夫セレクション』(くわしくはこちら)のブックレット用。曇り空だったけど、とてもいい雰囲気の中で撮影ができた。撮影終了後、林さん、カメラマンの桑畑さん、撮影に立ち会ったライターの川村さんと四人でしばらくいろんなことを話した。それぞれのキャリアについての話題になったとき、林さんが「ミュージシャンを目指そうなんて思ったことは一度もなかった」と言っていて、それが強く印象に残った。別に最初からミュージシャンになりたかったわけではなく、たまたま細野さんや鈴木茂さん、ユーミンやその他の仲間たちと同じ場所にいただけだった、と。

 今回一緒に仕事をした桑畑さんも写真を撮り始めたのは30以降で、それまではカメラマンになろうなんて夢にも思っていなかったそうだ。桑畑さんと同い年のぼくも、やはりデザインを始めたのは30過ぎてMacを購入してから。自分が将来デザイナーになっているなんて20代の頃は想像だにしてなかった。幼い頃からずっとドラムに親しんできた林さんと自分を単純に比べることはできないけど、林さんの言わんとするところには深く共感できた。

 素晴らしい仲間たちと同じ場所・時間を共有する経験を重ねていくうち、気づいたらぼくはここにいてデザイナーになっていた。時々そんなふうに思うことがある。別にデザイナーじゃなくてもよかったのかもしれない、とも思う。ただ、ぼくにとってデザインは自分を100%表現できて、しかもリラックスしてこなせる仕事。たぶんこういうのを“天職”というのだろう。桑畑さんが「音楽が好きだった自分にとって、カメラはやっと手に入れた楽器のようなもの」と言っていた。ぼくもデザインなら誰とでもセッションできるような気がする。

Webデザインのこと

 去年引っ越したばかりのぼくの新しい仕事場は、音楽関係の会社が共同で利用しているワンフロアの一角にある。そのフロアで最も大きなスペースを占めているのは、ウェブサイトの構築やファンクラブの管理を手がける会社。音楽配信やネットラジオなど音楽業界の新しい動きにも早くから対応していた。キャリア的には中堅を超えつつある自分が、まだ若いけど野望のある彼らと協力して何か新しいことをやれたら面白いだろうな……。ずっと一緒に仕事をしてきたたくさんの仲間たちのいる会社を離れて、新しいフロアに仕事場を借りさせてもらえることになったとき、そんな思惑も少なからず心の奥にあった。

 長いこと紙のデザインを専門にやってきた一方で、Webのデザインにはこれまで一定の距離をとり続けてきた。紙の仕事で常にいっぱいで、それ以外の領域まで手を延ばせなかったのがひとつ。あとは、せっかくやるからには妥協せず、紙と同等のクオリティのものを世に出したい。そのためには最低限の勉強というかwebに対する理解が必要だと思っていた。本当は自分でhtmlやFlashやCSSを使いこなして、すべてを完璧に作れたら理想的だけど、習得がなかなか時間的に難しいので、いまはぼくがアートディレクションした素材をエンジニア的役割の人にwebに移しかえてもらうという工程で進めている。

 そのスタイルでデザインした第一号が、2001年にアルバム『MIYAZAWA』のリリースを機にリニューアルした、宮沢和史のオフィシャルウェブサイト(2005年に再リニューアル)。続いて、2004年に手がけた矢野顕子のサイト。現時点で最も新しいものは、一部に初めてFLASHを使用した100sの“The Tour of OZ”公式サイト。三つとも、レイアウトソフトのIllustratorを使ってぼくがデザインした素材を流用して、Webエンジニアが完成させている。webエンジニアにとってデザインされた素材を自分で作るのは悩みの種であり、ぼくのようなデザイナーにとっては素材をwebに移しかえる作業が悩みの種。両者が手を組むことによって、お互いが楽になり、またそれぞれの仕事について理解を深められるという点で、とても実りの大きい出会いだといえる。

 webデザインと紙のデザインの大きな違いは、静止した紙の世界では実現できない、広がりと深さを持った表現がwebでは可能だということ。大がかりなウェブサイトをデザインしていると、その領域の広さと深さに途方に暮れてしまうことが何度もある。まるで大きな遊園地や公共施設をデザインしているような気持ちになってしまう。来客が広大なサイトの中で迷わないように、全体の構成を考え、わかりやすいインフォメーションを各所に配する、とか。何度でも来たくなるような居心地のいい空間=サイトにするためには、空間デザインやインフォメーション・グラフィックスの考え方が参考になる気がする。「愛・地球博」、やっぱり開催中に一度は行っておくべきなのかな、とちょっと思えてきた……(たぶん行かないだろうけど)。

 昨年、まだ新しい仕事場に引っ越したばかりの頃は、坂本龍一の“CD永眠の年”発言(フリーペーパー「ramblin’」のインタビューはこちら)やCCCD〜輸入権問題〜音楽配信など、CDのパッケージ・デザイナーにとっては暗くなる話題が目白押しで、いっそこのまま紙のデザインをやめて、ネットや映像の世界に鞍替えしてしまおうかと考えたりもした。でも、いまは逆に、紙で出来ること、手を使って出来ること、いま目の前にあるメディアを使ってやれることに徹底的にこだわるべきなんじゃないかと思い始めている。書体や組版、そしてハンドメイドの楽しさ……それらがデジタルとうまく調和したら面白い。紙の世界でやり残していることがぼくにはまだまだたくさんあるのだ。

 以前通っていたイラストの学校で、卒業の日、ある先生がぼくにこんなことを言ってくれた。「きみの手から生まれてくるものが、デジタルよりも何よりも新しい」。くしくも中島英樹さんがあるインタビューで言っていた「自分の頭の中がいちばん新しい。デザインとはそれを形にすること」と同じ趣旨の言葉で、どちらもずっと心に深く残っている。いまリニューアル中の100sの新ウェブサイトは、いろんな意味で多くの人々にとって、いやむしろ誰よりも当のぼく自身にとって“新しい”、それまで見たことのないものになるだろう。

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