去年引っ越したばかりのぼくの新しい仕事場は、音楽関係の会社が共同で利用しているワンフロアの一角にある。そのフロアで最も大きなスペースを占めているのは、ウェブサイトの構築やファンクラブの管理を手がける会社。音楽配信やネットラジオなど音楽業界の新しい動きにも早くから対応していた。キャリア的には中堅を超えつつある自分が、まだ若いけど野望のある彼らと協力して何か新しいことをやれたら面白いだろうな……。ずっと一緒に仕事をしてきたたくさんの仲間たちのいる会社を離れて、新しいフロアに仕事場を借りさせてもらえることになったとき、そんな思惑も少なからず心の奥にあった。
長いこと紙のデザインを専門にやってきた一方で、Webのデザインにはこれまで一定の距離をとり続けてきた。紙の仕事で常にいっぱいで、それ以外の領域まで手を延ばせなかったのがひとつ。あとは、せっかくやるからには妥協せず、紙と同等のクオリティのものを世に出したい。そのためには最低限の勉強というかwebに対する理解が必要だと思っていた。本当は自分でhtmlやFlashやCSSを使いこなして、すべてを完璧に作れたら理想的だけど、習得がなかなか時間的に難しいので、いまはぼくがアートディレクションした素材をエンジニア的役割の人にwebに移しかえてもらうという工程で進めている。
そのスタイルでデザインした第一号が、2001年にアルバム『MIYAZAWA』のリリースを機にリニューアルした、宮沢和史のオフィシャルウェブサイト(2005年に再リニューアル)。続いて、2004年に手がけた矢野顕子のサイト。現時点で最も新しいものは、一部に初めてFLASHを使用した100sの“The Tour of OZ”公式サイト。三つとも、レイアウトソフトのIllustratorを使ってぼくがデザインした素材を流用して、Webエンジニアが完成させている。webエンジニアにとってデザインされた素材を自分で作るのは悩みの種であり、ぼくのようなデザイナーにとっては素材をwebに移しかえる作業が悩みの種。両者が手を組むことによって、お互いが楽になり、またそれぞれの仕事について理解を深められるという点で、とても実りの大きい出会いだといえる。
webデザインと紙のデザインの大きな違いは、静止した紙の世界では実現できない、広がりと深さを持った表現がwebでは可能だということ。大がかりなウェブサイトをデザインしていると、その領域の広さと深さに途方に暮れてしまうことが何度もある。まるで大きな遊園地や公共施設をデザインしているような気持ちになってしまう。来客が広大なサイトの中で迷わないように、全体の構成を考え、わかりやすいインフォメーションを各所に配する、とか。何度でも来たくなるような居心地のいい空間=サイトにするためには、空間デザインやインフォメーション・グラフィックスの考え方が参考になる気がする。「愛・地球博」、やっぱり開催中に一度は行っておくべきなのかな、とちょっと思えてきた……(たぶん行かないだろうけど)。
昨年、まだ新しい仕事場に引っ越したばかりの頃は、坂本龍一の“CD永眠の年”発言(フリーペーパー「ramblin’」のインタビューはこちら)やCCCD〜輸入権問題〜音楽配信など、CDのパッケージ・デザイナーにとっては暗くなる話題が目白押しで、いっそこのまま紙のデザインをやめて、ネットや映像の世界に鞍替えしてしまおうかと考えたりもした。でも、いまは逆に、紙で出来ること、手を使って出来ること、いま目の前にあるメディアを使ってやれることに徹底的にこだわるべきなんじゃないかと思い始めている。書体や組版、そしてハンドメイドの楽しさ……それらがデジタルとうまく調和したら面白い。紙の世界でやり残していることがぼくにはまだまだたくさんあるのだ。
以前通っていたイラストの学校で、卒業の日、ある先生がぼくにこんなことを言ってくれた。「きみの手から生まれてくるものが、デジタルよりも何よりも新しい」。くしくも中島英樹さんがあるインタビューで言っていた「自分の頭の中がいちばん新しい。デザインとはそれを形にすること」と同じ趣旨の言葉で、どちらもずっと心に深く残っている。いまリニューアル中の100sの新ウェブサイトは、いろんな意味で多くの人々にとって、いやむしろ誰よりも当のぼく自身にとって“新しい”、それまで見たことのないものになるだろう。