見る→見せるツールとしてのiPad 

iPad(16GB Wi-Fi)を買ったのでご報告。いろんな人がiPadについて書いたりしゃべったりしていると思うので、ここでは細かい使用感などは省いて、ごく私的な感想をいくつか。
iPad(16GB Wi-Fi)を買ったのでご報告。いろんな人がiPadについて書いたりしゃべったりしていると思うので、ここでは細かい使用感などは省いて、ごく私的な感想をいくつか。
古い仕事のアーカイブを調べていたら、2005年に作った「100s.jp」(中村一義率いるバンド100sのウェブサイト)のデザインのファイルがたくさん出てきたので、Worksの下記の記事に画像を新たに追加しました。
>>Works:100s.jp & “The Tour of OZ”SPECIAL WEBSITE
いま改めてデザインを見返してみると、なんかとんでもないことをやってたな、と思う。

娘がついに1歳の誕生日を迎えた。一年なんてあっという間だと誰もがいうけれど、娘の誕生からのこの一年間は10年にも20年にも相当するような、長くて濃密な時間だった。1時間の映像を一コマずつストップモーションで延々見ているような感じ。しかも、一瞬一瞬が面白いのでまったく飽きることがない。まさにポリスの「Every Breath You Take(見つめていたい)」の歌詞そのまんまの日々。楽しいことも辛いこともまるごと全部。

3か月間近の頃。すやすや。

自宅での仕事中はたいてい音楽をかけている。電車での移動中もiPod touchに入れたものを聴いている。一時期音楽が嫌いになって遠ざかったこともあったが、iTunes(→AirMacExpress経由でスピーカーOUT)/iPodの出現以降、再び積極的に聴くようになった。
音楽の体内時計がだいたい2000年前後で止まっているので、基本的に80年代以前から90年代にリリースされた音楽を聴くことが多い。新作はたまに買う程度。レンタルや図書館、中古をよく利用している。自宅に90年代頃に買ったCDが多数埋もれているのでそこから引っ張り出してくることもある。
音楽に求める要素のひとつは、BGM的であること。生々しさとか作家性、メッセージから遠くかけ離れた音楽を好む(自分がデザインに求めるものとよく似ていて面白い)。その点ストレートなロックは苦手である。かと思えば、幼少期から中高生時代に出会った、歌謡曲や洋楽のチャート・ミュージック、テクノポップ/ニューウェイヴ(YMOなど)、ジャズ/フュージョン(CASIOPEA)の影響が強く、そこから派生した音楽もいまだに聴く。
iTunesのプレイリストにはアルバムやアーティスト単位で登録し、それらをジャンル別(かなり我流だが)にフォルダに分類している。以下に並べた主なプレイリストを眺めていくと、ぼくの心の音楽宇宙があからさまにわかってしまうのではないだろうか。以上、連休中の仕事の合間に思いつきそうな企画でした。興味のある方はLast.fmの最近聴いたトラックもご覧ください(これは恥ずかしいね)。
他人に自分の思いを伝えるために、懸命に必死に言葉を重ねていた時期があった。十分に言葉を尽くさないと、自分の本当の気持ちは伝わらないのではないかと思い、どんどん重ねていくたび言葉は武器になり要塞になり……そのことで誰かを傷つけてしまったことも多々あったかもしれない。
ここ最近はそうではなく、何かを伝える・伝えないにかかわらず、その人の思惑や意図を超えて「伝わってしまう」ことがあるのではないかと考えるようになった。たとえば「匂い」のように。ちょっとした仕草や行動も、良いものも悪いものも含め、自分で想像する以上に周りの人には案外伝わってしまっていたりするものだ。人には自ずから敏感に受け取る力があるのだから、言葉を尽くさなくても、香水のひと振り程度で十分伝わることもある。空気の国の日本人ならではの発想かもしれないが、こんな風に考えるようになってからずいぶん気持ちが楽になった。
思えばデザインというものも、言葉を重ねることなく美しさという匂いひとつで、多くの人々の感覚を喜びで満たすことができる。この仕事にたずさわることでぼく自身もかなり救われているところがある。
