展覧会日和[2010・5〜12月]

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時間が経ちすぎてしまったので、昨年の残りの分をまとめて振り返ることにします。

5月×日

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 仕事場(机)を借りているクライアントの会社で働いている「上司」的な存在のHさんと、ブルータスの「うつわ」特集に出ていた奈良美智の陶芸作品の話で盛り上がり、清澄白河の小山登美夫ギャラリーで始まった奈良美智展「セラミック・ワークス」に一緒に行くことになった。奈良さんにとって陶芸は新しい試みだったとのことで、美術手帖でも大きな特集が組まれていた。ギャラリーに足を踏み入れると、例の奈良さんのキャラが見事に立体化されており、思わず立ちすくむほどの迫力だった。家で毎日1歳児と向かい合っているので、子どもならではのふてぶてしい頬の再現度に目を見張った。先日ミッフィー展で見たミッフィーの立体にも通じる物質感。乳幼児の体のフォルムってすごいと思う。Hさんは小さな顔の一体が気になって、しきりにほしがっていたようだったが、実際これらの作品はいくらで手に入れられるんだろうか?

 観終わってもう職場に戻るかと思ったらまだ時間があるとのことで、深川でごはんを食べてから、予定になかった東京都現代美術館のフセイン・チャラヤン展にも立ち寄ることになった。以前フランスのファッション雑誌を定期講読していた頃、よく名前をみかけたことがあった。トルコ系ということで、イスタンブールに旅したことがある自分には、とりわけ親しみが感じられるデザイナーだった(が、もちろん彼の服を買ったことはない)。すぐロンドンに移住したというから、ファッションの仕事そのものは西欧文化の流儀に則っている部分が大きいのかもしれないけど、ファッションを逸脱したアートの部分にトルコ出身らしい、というか、西欧文化に回収されない、ヨーロッパとアジアの境界に生まれたマルチカルチュラルな歴史観や問題意識みたいなものがにじみ出ているように感じられた。その点では川久保玲と似ている部分もあるかもしれない。
 

6月×日

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 初台の東京オペラシティアートギャラリーで猪熊弦一郎展「いのくまさん」を観た。展示のアートディレクション、グラフィックデザインを大島依提亜さんが担当していた。丸亀の猪熊弦一郎現代美術館にはどうにも行けそうになかったから、近くでこういう展示が開かれるのがとてもありがたい。初めてまとまった形で作品を観て、月並みな感想だけど「天才だなあ」と素直に思った。幼少期の作品から才気走るようなセンスに満ちている。スタートダッシュからしてすごい。努力しても絶対に追いつけないような才能。個人的には、1950年代中盤にニューヨークに渡り、高度成長の空気の中で制作された「都市」のシリーズに強く惹かれた。形に対する鋭敏な感覚が伝わってくる。本質的にモダニストだと思う。
 

7月×日

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 ここ何年かアルバム関連のアートディレクションを担当している、スムルースの東京公演の日。ライブの前に、イラストレーターはまのゆかさんの個展「Presents」が代官山のGALLERY SPEAK FORで開催中だったので立ち寄ることにした。実は先月末、ヴォーカルの徳田君との電話でのミーティングで、はまのさんのイラストを次回のアルバムに起用することが決まったばかりだった。これまでの三部作(UNITE、WALK、HAND)で、色を抑えたメンバーの写真にテーマカラー一色という試みを続けてきて、次回はこれまでとは違ったものにしたいという話を聞き、徳田君とは大学の先輩後輩の関係で、今年に入って何度かイベントでの共演等が続いているはまのさんと、アルバムで本格的にコラボレーションしてみよう、ということになったのだ。はまのさんはあいにくギャラリーには不在だったが(ライブ終わりに会うことができた)、広い会場の中につつましく飾られた可愛い作品を見比べながら、アイデアを頭の中でふくらませていった。
 

8月×日

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 梅佳代写真展「ウメップ! シャッターチャンス祭り in うめかよひるず」を観に、表参道ヒルズへ家族3人で行く。壁一面に飾られた写真がどれも面白く、いろんな人の様々な人生を否定せず思いっきり肯定していて、心の中で笑い泣きという感じだった。しかしその写真以上に面白かったのが、地べたを走り転げ回り、会場中に響く大声で泣き叫んだうちの娘(当時1歳10か月)だった。まさに、リアル・ウメップ。ひとしきり泣き終わると今度は、表参道ヒルズの地下3階から地下1階まで続く長い階段を一人で昇っていった。その一部始終を、梅佳代さんに撮ってもらいたいほどだった。代わりに会場内に設置されたセットの前で記念撮影(上の写真)。
 

9月×日

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 8月から大変な仕事の連続で疲れてしまい、ずっと「負け」が続いているような心理状態が続き、展覧会を観に行くような心の余裕がまるで出なかった。9月に入ってからは急性腸炎を患い体調までダウンしてしまった。経口補水液を手放せない毎日だった。ようやく心身のゲージがマイナスからゼロ近くまで戻ったところで、約1か月の間沈んでいた重い腰を上げて、「和田誠の仕事」展(渋谷・塩とたばこの博物館)へと向かうことにした。最初は厭々連れて来られた子どものように心を閉ざし、心の薄目を開けるようにして見ていた。たばこをテーマにした前半の油彩は今回のための描き下ろしとのことだった。その新作を描く過程を撮影した制作風景の映像がテレビで流れていたので、ソファに腰掛けてずっと見ていた。作画には恐ろしく手間がかかっていて、とても緻密な作業だった。途中で間違えたり、やっぱりダメだ、と筆を折りたくなるような恐怖に常にさらされているような感じ。一枚の絵の制作時間は2時間〜2時間半と短いのだが、とても濃密な、心臓が縮むような時間だと思った。ぼくが和田さんだったらとても耐えられない。映像を見ているうちに、静かに心の内側に積もるものがあった。やる気というほどのものでもないが、魂に小さく息を吹きかけられたような心地がした。展示作品がもれなく収録された図録を買って帰った。あとで落ち着いたら読み返してみよう。

9月×日

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 ようやく調子が少しずつ戻ってきた。アンダーワールドのカール・ハイド展 “What’s going on in your Head when you’re Dancing?”が最終日とのことで、急いでラフォーレミュージアム原宿へ。昨日の和田誠展のように制作風景が映像で公開されていた。一見プリミティブに感じられるペインティングが、鉛筆による下書きが重なる部分を丁寧に消しゴムで消したりして、意外に緻密に描かれていることがわかった。かと思うと、丁寧な作業を途中で止めてまたラフに描いたりして、必ずしも緻密さが徹底されているようでもない。ところどころの力の抜き方も面白い。とにかく他人の作品の制作過程を見ることがこんなに楽しいのだと、昨日に続いて味わった。カール・ハイドの奥さんは日本人のようで、作品解説にも日本からの影響についての記述があった。墨を使って描かれた円環は、言われてみればたしかに書道っぽい。会場でずっと流れていたBGMは、アンダーワールドの盟友リック・スミスによる今回の展示のために作られたオリジナルとのことだった。アンダーワールドからビートを取り除いたような心地良いアンビエント。限定2000枚で展示会場のみで販売、というCDを迷わず購入した。会場だけで2000枚も売り切れるとは到底思えなかったけど…。

9月×日

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 ギンザ・グラフィック・ギャラリーで、プッシュピン・スタジオ(シーモア・クワスト/ポール・デイヴィス/ミルトン・グレイサー/ジェームズ・マクミラン)の活動を振り返る展示「プッシュピン・パラダイム」を観る。会場にはビートルズの曲がずっと流れていた。プッシュピンの4人をビートルズに譬えたら、ミルトン・グレイサーがジョンで、シーモア・クワストがリンゴ、ジェームズ・マクミランがジョージ、やっぱりポール・デイヴィスはポール(同名だけに)、といったところだろうか。ジェームズ・マクミランの作品から、次に控える黒沢健一の2枚組ライブアルバムの仕事への小さなヒントを得た。そのヒントを逃さぬよう図録を購入。

 
11月×日

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 複数並行していた仕事が一つずつ終わっていき、ようやく雪融けにも似た温かい感覚が戻ってきた。先週、メインマシンのMac miniのハードディスクを話題のSSDに入れ替えたのに続き、事務所のiMacのHD故障にともない再び秋葉原のMacショップへ。修理してもらっている間に、今年オープンした末広町の3331 Arts Chiyodaに行った。目的は日比野克彦の個展「ひとはなぜ絵を描くのか」。先日寄ったときも思ったが、廃校の校庭に人工芝を敷き詰めた広場がとても心地良い。日比野さんについての予備知識は、80年代に一世を風靡した段ボール素材の作品あたりで止まっていた。今回の展示は、その頃の作品も含め、ここ数年で旅した世界各地での活動を振り返る文字通りの回顧展だった。彼自身のスタートにあたる段ボールの作品から、大きく振り幅が広がっていることにまず驚いた。

 誰かから聞いた話で信憑性は計りかねるが、日比野さんの初期の作品は段ボール素材のため保存がきかず、有名なギャラリーや美術館では受け入れてもらえなかったらしい。そんな事情もあって、いわゆるアートに価値やお金を結びつけるような活動に背を向け、現在に至ったのだという。「ひとはなぜ絵を描くのか」という根源的なテーマに基づいて世界を旅し、人々の暮らしや風土をサンプリングしながらそこに自分なりの作業を加えていく。その手つきがお金にまみれていないというか、すがすがしいという印象を持った。芸術家というより冒険家に近い。フィールドワークといった堅苦しい感じではなく、現地の人たちと遊び、直接的に結びついていくような活動。その中で作者自身の「なぜ絵を描くのか」という自問への答えも明らかにされていく。そしてその問いは必然的に、それらの作品を見ているぼく自身の具体的な事情の上にも降りてくる。

 どれも興味深い内容だったが、中でも旅の途中のフランスでのトランジットのホテルで缶詰になりながら、部屋の中にあるものを次々と描き続けた一連のドローイングが面白かった。朝顔の花を咲かせてその種を配る「明後日朝顔プロジェクト」にも、ここ(展示の場)にとどまらない広がりを感じた。こういうカテゴライズが難しい活動を引き受ける3331 Arts Chiyodaという場の柔軟な姿勢にも好感を持った。

展覧会日和[2010・3〜4月]

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3月×日

 小さな仕事がテトリスのブロックのように降りてきて忙しい。ほとんどギャラリーに足を運べぬまま時が過ぎ、伊藤絵里子さんの個展「ひとつ、ふたつ、みっつ」に、重い腰にむち打ってようやく行く(代官山・Gallery it’s)。これまでの彼女の作品にはあまり見られなかった春らしい色づかいが新鮮だった。在廊していた伊藤さんに、著書『なつかしモチーフの手作りカード』を参考にして妻が作った手作りカードを見せて自慢した。次回展示はHBギャラリーでの初個展とのこと。

3月×日

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 星占いサイト「筋トレ」の石井ゆかりさんが、サイト開設10周年を記念して企画する写真展「Users Sphere; 星織-hoshiori 2010」へ(渋谷/ギャラリー・ルデコ)。石井さんは星占いではなく「星読み」と称して、星の配置を(批評的な意味での)「テクスト」と捉え、“テクスト・リーディング”していくような試みを、2000年位から自身のサイトでずっと続けてきた。非常に豊かな言葉の持ち主だが、誰にでも伝わるような平易な言葉で語ることから多くのファンの支持を集めている。2002年頃に偶然「筋トレ」を知り、それからはほぼ毎週サイトを訪問している。これもまた偶然がきっかけだと思うけど、石井さんの日記で「デザイン=器」のことを取り上げていただいたり(→この日の日記だった)、時々サイトに遊びに来てくださったりもした。直接お会いしたことは一度もなかったにもかかわらず、なんだか遠くの友人のように感じていた。週報やTwitterの毎日の占いを通して、彼女のことをそんな風に感じている読者もきっと多いんじゃないだろうか。

 今回は「筋トレ」プレゼンツ、と銘打って、石井さんがこれまで出版した著書に参加した二人の写真家、相田諒二・山口達己両氏の写真が展示されるとのこと。きっと石井さんも展示会場にいらっしゃるに違いない、と少しそわそわしながら会場へ向かった。『星栞-2006』の山口達己さんは水滴などをモチーフに光を強調した抽象的な写真。『星なしで、ラブレターを。』の相田諒二さんは外国を思わせる乾いたトーンで普段暮らす新潟の街を表現している。個人的には昔一緒に仕事した仁礼博さんの外国写真に通じる硬めの焼き具合でプリントされた、相田さんの写真を懐かしい思いで何度も眺めていた。

 さて、石井さんはどこに、と思いながら目を泳がせたが、ここだと目星をつけた奥の図書室(石井さんの著書や普段読んでいる本が並んだコーナー)には不在のようだった。探すこと数分、あれっ?と思いつつ、入口近くのこのギャラリーの受付嬢だと思い込んでいた女性の首から提げられていた名札に「石井ゆかり」と書いてあるのを発見。その端正な字と奇妙なシチュエーションに、こみ上げてくる笑いをこらえるのに苦労した。感動の対面にもかかわらず具体的にどんなことを話したかすっかり記憶が飛んでしまったが、ぼくからはサイト訪問やあれこれのお礼と、昨年出た「禅語」という著書について、今回の展覧会のこと……とにかく褒めてばかりだった気がする。

 「星読み」という石井さんの仕事は、心理学用語でいうところの「布置」(コンステレーション。Wikipediaの解説=分析心理学>因果性と共時性)に近いんじゃないかと思っている。語源のコンステレーションはそのまま「星座」の意味でもあるし(コンステレーション/河合隼雄さんの文章より)。単なる星占いの域を越えて石井さんの言葉が響くのは、それが彼女の中にある星のように膨大な言葉群の中から彼女なりのフィルタを通して選び出されているからに違いない。もしそうだとしたら、その膨大な言葉のルーツをいつかまとまった形で、大きな展覧会で見てみたいなあと思う。天井にきらめく巨大な言葉のホロスコープとか、想像するだけでもロマンチックだ。それはたとえば「世田谷文学館・石井ゆかり展」のような場になるのだろうか……いつか世田文の宮沢和史展で毎週のようにブレーンストーミングに参加したときみたいにお手伝いできたりしたら幸せだなあ、などとリアルな妄想もまじえつつ、「次」への夢が自分の展覧会でもないのに、帰ってから次々と頭の中にふくらむのだった。
 

4月×日

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 月が明けて春が来た。ギンザ・グラフィック・ギャラリーの「TDC展 2010」へ。1Fで見たグランプリ作品、ホワイ・ノット・アソシエイツの『Unseen Gaza』に興味をひかれた(→受賞作品はこちらで見られます)。イスラエルのガザ地区への取材にまつわる報道番組の予告編なのだが、報道管制が敷かれる中、視聴者にとって見るべき情報が隠されてしまうことを、タイポグラフィやグラフィックを使って巧みに表現している。こういう作品をグランプリに選ぶ審査員のセンスや時代感覚が鋭敏だと思った。ネットでも話題になったSOUR「日々の音色」(「RAINBOW IN YOUR HAND」の作者である川村真司さんの作品だと初めて知った→インタビュー|MOONLINX)も選ばれているし、一流アートディレクターと広告代理店やクライアントの生存確認みたいになっているデザイン賞と比べれば、はるかに時代の空気を吸い込んでいる印象を受けた。地下に展示されたノミネート作品もいつもに増して力が感じられた。

4月×日

 代官山GALLERY SPEAK FORのミック・イタヤ「提灯」へ。いつものミックさんの人物像などが提灯に。自分の世界をグッズ化していくセンスは類いまれであり、いつか機会が来たら参考にさせてほしいと思う。行灯にミックさんの絵が描かれた作品で、「あなたの屋号やお好きな文字をお入れします」というのがあって買おうかどうか迷った。

4月×日

 乃木坂のギャラリー東京バンブーで、デザインを担当した中川ひろたか・藤本ともひこさんのCD『いちについて』の原画展が始まった。このアルバムは歌詞部分が14枚のカード式になっていて、それぞれの片面に曲をイメージした絵本画家のイラストが載っている。その原画の展示販売と画家さんが出している絵本の販売。ぼくも展示の案内はがきやポストカードセットの制作をお手伝いした。原画は熱心なファンの方が買うだろう、と思い、アルバムのリードシンガー野々歩ちゃんが仲間たちと作った可愛いフレーム(『いちについて』の歌詞カードを飾れるサイズ)を注文した。数日後、ギャラリーライブの日にまた来る。

 恵比寿に戻ってナディッフアパートで、ジョン・ワーウィッカーの初の個展「for john cage (la mer) – the Floating World」を観る。タイトルの通り、ジョン・ケージの「サイレンス」、ドビュッシーの「海」にインスピレーションを受けた作品、とのこと。一見粗雑に描かれたドローイングに、ある種の規則性が見出されるところがグラフィックデザイナー的だと思う。海のようであり、水紋のようであり、彼が属するアンダーワールドの曲の絶え間ないキックによって生成される音の波紋のようでもある。ほかに店内で開かれていた村瀬恭子「Drawings」なども観覧。

4月×日

 松屋銀座で始まったゴーゴー・ミッフィー展に行く。土日と会期の終わりほど混むだろうという見通しにより、金曜日の昼間に出かけたが、雨天も手伝ってなんとか普通に観ることができた。それぞれの絵本作品のために描かれた原画やセル画、その修正バージョンなどがわかりやすく並んでいる。見れば見るほどブルーナさんはイラストレーターではなくグラフィックデザイナーなんだなあ、との思いを深くする。物販会場は展示会場よりも混んでいたくらいの盛況ぶりだった。きょうは結局何も買わなかった。会期中にもう一度、ミッフィー好きの娘を連れて来るのでそのときに。

4月×日

 ギャラリー東京バンブーで『いちについて』原画展最終日のギャラリーライブ。歌や演奏もお上手な絵本作家の飯野和好さん、村上康成さん、長谷川義史さん、藤本ともひこさんらが次々と、中川ひろたかさん率いるON’Sの演奏にゲスト参加。自分も楽器をやりたくなってしまった。音楽は、たとえばデザインのような、道筋がある程度決まっている作業と比べて自由だと感じた。

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展覧会日和[2010・1〜2月]

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1月×日

 川崎市岡本太郎美術館の「対照 佐内正史の写真」展があと数日で終了なので行く。冬とは思えない温かさ。おまけに地図を見間違えて山の中を大幅にオーバーランしてしまい、致命的な方向音痴だった大学時代のオリエンテーリング部での記憶が頭をよぎった。子どもの頃だけでなく、大人になってからもずっと迷子だった。

 山道を登ったり降りたりしてようやく目的の美術館へ。入館後さらに歩いた場所に、佐内さんらしい素っ気ない展示コーナーが待っていた。すべての写真作品が額装ではなく、紙焼きのままテーブルの上に無造作に並べてあり、鑑賞者が自由にそれらを手にとって見ることができる。そこには編集という意志がまったく介在していない。別の場所に並べられた「対照」レーベルの写真集にも編集の跡がみられない。全てに意味がない。というより、順序良く並べることで発生してしまう「意味」への強い拒絶が感じられる。その居心地の悪さと底知れぬ虚無感が、1997年に衝撃のデビューを果たした佐内さんの写真を(中村一義のジャケットで)初めて見たときと、全く変わってないことだけは確かだった。独り言をつぶやくようにシャッターが押され、その結果だけがただ淡々と順不同で並べられていく。

1月×日

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 ミナペルホネンでぴったりサイズのノーマルな男物シャツを買ってから、白金高輪から恵比寿まで意味もなく歩き、行く気のなかった東京都写真美術館で「出発-6人のアーティストによる旅」という企画展を観る。日本の新進作家(とはいっても年齢的には中堅以降)による、「旅」をテーマにした6人6様の写真。中でも離島に渡って写真を撮り続ける百々武さんの、作品の背後に漂う人々の暮らしぶりや、石川直樹さんの、普段われわれが見ることも想像することもできない富士山の姿が印象に残った。どの作家も見ごたえがあった。

1月×日

 事務所の仕事場の方に出勤したが、あまり集中できないので、歩いて目黒通りのCLASKAへ。「ミナ ペルホネンとトラフの新作/習作」というタイトルで、ミナの雑貨や、コラボによって作られた家具を展示している。普段感じることのできないゆったりした空間と時間を過ごすことができた。店内でかかっていたTHE YOUNG GROUPのCDが、さらにゆったり感を増していた。アルバムのタイトルだけチェックして、帰宅してからiTunesで購入した。

1月×日

 家族で出かけた青山・こどもの城で風邪をもらってきてしまい、三人とも熱や下痢やら発疹やらで長期間ダウンしてしまった。一週間後なんとか復活して、天気もいいので原宿へ。Rocketの古本市を覗いた後、ウェブでなんとなく気になっていた大久保厚子さんの個展「I NOW WALK」をHBギャラリーに観に行く。90年代のザ・チョイスを思い起こさせるラフな風景画が心地良くて魅力的だった。一緒に仕事がしてみたいと思うけど、いまのぼくの仕事ではふれ合う機会が少なそうなのがとても残念。

1月×日

 7年くらい使っていたメガネがゆがんでしまい、レンズもコートがはげてボロボロなので、フレームごと新調した。1才3か月(当時)の娘が、新しいメガネをかけたぼくの顔を見て、不思議そうに「あれ〜? おかしいな〜」。新しいメガネで見る初めての展示は、竹尾見本帖本店(神保町)の「クリエイター100人からの年賀状」展 。ここ数年毎年観ているが、今年は時代のせいか、奇をてらった年賀状が少なかったように感じた。移転のお知らせを兼ねたグルーヴィジョンズの、宝船のベジェ画が描かれた大判の年賀状が群を抜いていた。「年賀状には良いことしか書かれない」というのが今年の、当たり前だけど大きな発見だった。

 銀座へ。ギンザ・グラフィック・ギャラリーで「田中一光ポスター 1953-1979」を観る。氏の作品をまとまった形で見るのは初めてだった(代表的な作品は雑誌等で何度も見ていたけど)。一見してわかるのは、色の引き出しがものすごく豊富だということ。色の置き方・並べ方も独特で、通常ではありえないよう配色に冒険的にトライしている。タイポグラフィがシンプルなぶん、色で深みと広がりを作り出しているのが伝わってくる。70年代に入ると写真やグラデーションを使った表現も増えてくるが、60年代のミニマルな表現にやはり大きく心を動かされた。図録を購入。

 そのあと新橋のクリエイションギャラリーG8へ。こちらでは、いまだ現役で古希の三人のアートディレクターたちによる「○△□展2010(長友啓典・浅葉克己・青葉益輝)」をやっていた。ある種ばかばかしいところもあるが、先輩がいなかった自分には、こういう本物の先輩たちの仕事が何より刺激になる。三人の年表がじゃばら式に綴じられた図録を買って帰る。

 
2月×日

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 ユトレヒト(表参道)でレイキンこと多田玲子が『八百八百日記』原画展をやっているというので、家族三人で観に行く。珍しい人たちに次々と出会い、そのたびに娘が大泣きした。作品はレイキンの真骨頂ともいうべき、マーカーで描かれた綺麗な色彩の可愛い絵。

2月×日

 2月は例年、一年を通していちばん仕事の少ない時期にあたる。寒いけど、この時期に仕込みや遊びを済ませておかないと…。まずは六本木近辺をぶらぶら。GALLERY TOKYO BAMBOOのPAPER DOLL展(雑誌の付録風の着せ替え人形の展示)をチラ見した後、気になっていたAXISリビング・モティーフのトクショクシコウ展に行ってみた。色(特色)が主体という感じではなく、あくまでもプロダクトを主体にした展示だった。トラフの「空気の器」が群を抜いて美しかった。いたずら盛りのうちの娘にびりびりに破かれることは明白だったので、買うのは諦めた…。

 六本木から広尾に移動し、観た人たちがしきりに勧める「ノーマンズランド」へ。旧フランス大使館の取り壊しに伴い、様々なアーティストが館内の設備を使って自由に表現するという催し。平日なのに若者に混じってたくさんの老人や家族連れが訪れていたのが不思議だった。一応展示物は全部目を通したけど、細部をじっくり観る余裕はとてもなかった。古い建築の面白さや、文化祭のようなノリを楽しむイベントだと思い直すことにした。

 歩いて恵比寿へ。大使館を出たところに米国軍人向けのホテルがあり、入口で兵士が銃器を携えて警備していたのを目の当たりにして、日本は敗戦国だったことを改めて思い出す。NADiffの地下ギャラリーで柴田敏雄の写真展「a View for Grey」。写真集『a View』と『for Gray』からの展示。ドイツの写真家アンドレアス・グルスキーに匹敵する「神さま目線」の写真。神のみぞ知る瞬間、を正確に写し止めていた。2FのG/P Galleryでは、中島英樹個展「Re- Street View/Line」が開かれていた。展示そのものより、台に置かれていた中国語の分厚い作品集(中島さんの仕事がまとめられた和綴じの本)が気になった。中国語のサイトで調べたらすでに絶版だった。

2月×日

 ここ何年かずっと展示を見させてもらっているイラストレーター伊藤絵里子さんも参加するグループ展「花に聞くvol.6 椿」を観に、表参道へ。グループ展とはいえそれぞれのレベルが高く、たった一枚の椿の花の絵から訴えかけてくる作品がいくつもあった。そのあとランチを食べに、スパイラル地下のCayへ。小池アミイゴ作品展「唄の荒野」が開催中だった。アミイゴさんは福岡や大阪など日本各地のミュージシャンと交流しながら、ライブペインティングなどの活動を並行して行っている。その合間に描かれたという商店街などの風景画は、どこか物寂しさもありつつ、透明でのほほんとした希望に支えられているようにもみえた。

2月×日

 連日オリンピックで世の中が盛り上がっている。ご多分にもれずカーリングが好きだが、応援している近江谷杏奈選手の調子が出なかったりしてなかなか悔しい。そんなこととは関係なく、ユトレヒトで小木曽瑞枝展「深海の庭」を観る。画像で見たときは切り絵に見えた素材は、紙ではなく木だった。予想していたよりオブジェ的で迫力もある。造形や色はブルーマークと共通するセンスも感じた(今回はポストカード制作でコラボしている)。

 GYREでは、ヒロミックスの久々の展示「愛の部屋 by Hiromix」をやっていた。先日のノーマンズランド(旧フランス大使館)で観たのと同じ趣旨のインスタレーション。もはや写真家としての活動にとどまらず、ドローイング、映像など多方面に活動しているようだ。おおむね綺麗だったけど、ひとつだけ「愛」をテーマにしたゴダール的な間が多用された映像作品『なんて素晴らしい君』について思ったこと。作中ずっと朗読されていた詩が、「愛」とはほど遠い、愛のふりをした自己保身・自己実現(愛が成就するかどうか、告白すべきか…etc.)の堂々巡りでちょっと辟易してしまった。10代の乙女語りみたいなレベルを遙かに超えた愛を見せてほしかったな、と思うと同時に、10代なんてとうの昔に通り過ぎてしまった自分の「青春の喪失」ぶりにも愕然とした。

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展覧会日和[2009・11〜12月]

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11月×日

 北村範史さんの展示第三弾(FRAMeWORKの球根展も含めると4回目)「窓」を観に、水道橋の食堂アンチヘブリンガンへ。内装もさりげなく置かれた小物もすべてが洒落ている店内で、飾られた写真や絵の作品が文字通り「窓」のように機能している。別の場所で打ち合わせがあるのでランチを食べてすぐに出ようと思ったら、北村さんが現れたので少し話すことができた。

11月×日

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 新橋のクリエイションギャラリーG8/ガーディアン・ガーデンで、原耕一アートディレクション展「もうちょっとだな」が同時開催されていた。原さんという名字のアートディレクターが何人もいるので混乱しがちだが、原耕一さんはYMOの『BGM』期の雑誌広告、サザンやINU(町田町蔵)のレコードジャケット、サントリーやJTの広告などを手がけた人。会場にも閲覧可能な形で展示されていたサントリーのPR誌『SPIRIT.』からも、80年代特有のむせかえるようないい匂いがぷんぷん漂ってくる。で、すっかり80年代の人だと信じ込んでいたのだがとんでもない、21世紀以降現在もなお、広告など様々な分野で第一線で活躍中なのであった。特に90年代の写真ブーム以降の写真集の仕事では、80年代とはまた違った形で時代を牽引している印象すらあった。過去に関わったたくさんの写真集(これも閲覧可)に起用された写真家の人選が非常に的確で(森山大道、石内都、ホンマタカシ、若木信吾、新しい人では石川直樹、鷹野隆大ほか)、彼と仕事をした写真家は必ず大物になる、みたいなセンサーの役目を果たしているようにも感じられた。第二会場のガーディアンガーデンには、日本専売公社〜JTのたばこ広告やPARCO、YMO、シナロケなどの過去の広告仕事がずらりと。今回も充実しているタイムトンネルシリーズの対談本を買って帰った。

 ギンザ・グラフィック・ギャラリーまで歩いて、北川一成展へ。住み慣れた印刷の世界から離れて、ビジュアル表現の高みを目指そうとする姿勢はわかるのだが、彼のタイポグラフィだけはどうしても馴染むことができない。

11月×日

 1歳の誕生日を境に娘のボキャブラリーが徐々に増えてきて楽しい日々。恵比寿のMA2ギャラリーで、楽しみにしていた藤井保「BIRD SONG」を観る。原研哉、深澤直人との無印良品の仕事などで有名な写真家。渡り鳥の撮影をライフワークにしているのだそうだ。美しい群れの隊形を写し止めた写真と、鳥の羽ばたきを残像のようにとらえた写真、どちらも藤井さん独特の重みのあるモノクロで見ごたえがあった。グルビ×コーネリアスの「WATARIDORI」を思い出す。優雅でタフで、とても切ない。

11月×日

 めったに行かない新中野にある女子美ガレリアニケというギャラリーへ、NNNNY(伊藤ガビンとグラフィックデザイナーいすたえこのユニット)による『NNNNYのデザイン家電の予習復習』を観に行く。以前、結局来日できなかった思想家のフェリックス・ガタリのイベントで、点字+ステンシルの上からスプレーを吹いて作成したフライヤーが彼らの作品だった。今回の展示はそれとはまったく無関係の、デザイン家電の忘れられたプロトタイプともいうべき「家具調コタツ」がテーマ。現在のデザイン家電の方向性(引き算)と家具調コタツのそれ(足し算)は真逆を向いている、ということに気付かせてくれただけでも面白かったというべきか。

11月×日

 乃木坂21_21 DESIGN SIGHTの、「THE OUTLINE 見えていない輪郭」展へ。先日も観た藤井保さんが深澤直人のプロダクトを撮る、というよだれの出そうな展示。藤井さんの写真における対象の切り取り方、深澤さんの徹底的な引き算の末に切り出されたプロダクト、どちらからも学べることがたくさんあった。レタリングで影だけを描いて書体を表すアプローチが、今回の「輪郭」の考え方に似ていると思った。

11月×日

 藤井→藤井/深澤、と来て、今度は深澤さん単独の展示へ。とはいっても個展ではなく、表参道EYE OF GYREで、深澤直人が主宰するデザインワークショップ「WITHOUT THOUGHT」発表展のVOL.10「箱|BOX」が開かれていた。参加デザイナーが提案するパッケージ(商品/モノを包む箱)が実際に作られ、展示されている。ワンアイデアで笑わせる方向の作品が多い中、關真由美さんという人の「1カットのショートケーキの箱」(ショートケーキ一箱分の箱の内側が鏡になっていて、開くとホールケーキのように見える)が、アイデアと見た目の双方で優れていた。図録を購入。その後、HBギャラリーの網中いづる個展「Once upon a time」のオープニングに向かうも、パーティーの混雑で中にも入れず、あきらめて夜から始まる打ち合わせの場所へと向かった。

11月×日
 忙しさのピークをようやく乗り越え、次の仕事の準備などに少し時間をかけてじっくりと取り組む日々。日本橋の産業技術史資料情報センターという聞き慣れない場所で「ザ・テレビゲーム展 〜その発展を支えたイノベーション〜」(PDF)という興味深い展示が行われていると聞き、早速行くことに。北九州で開かれる「ザ・テレビゲーム展」のプレ展示ということで(そちらも行きたかった…)、狭い会場に、初期のテレビゲームの原型となるオシロスコープを使った機器や、日本からは任天堂のファミコン〜ゲームキューブ、それに対抗するSEGAのマスターシステム〜メガドライブ(←両方持ってた)からNECのPCエンジンまで、レアなゲーム機がずらりと並んでいた。中でも衝撃を受けたのは世界初の商用家庭用ゲーム機「ODYSSEY」。この古いCM映像を見るとわかるように、ODYSSEYは白黒テレビの上に、カラー印刷された透明フィルムをゲームごとに貼り替えてプレイする。それぞれのフィルムがとても可愛いし、家庭用白黒テレビの表現の拙さをカバーするアイデアとしても秀逸。こんな珍しいゲーム機に出会えただけでも幸せだった。

 そのまま少し歩いて、京橋Bartok Galleryの「現代女流絵本作家展」という厳めしい名前のグループ展へ。気になっていた画家さんの絵をまとめて見ることができた。展示作家のひとりであり友人の、市居みかさんは数日前ブログで第一子の妊娠を発表。とても嬉しい。不在だったがお祝いのメッセージを残して会場をあとにした。

 

12月×日

 新宿2丁目。初めて行くPhotographers’ Galleryで野村佐紀子写真展「野村佐紀子展 1」。展示の内容よりも、このギャラリーへ向かうまでの周辺のゲイタウンぶりにたじろぐ(真っ昼間だからまだ良かったが…)。展示自体がこの街の一部であるかのようにすら感じたほどだった。暗闇と、男の裸と。

 気を取り直して、表参道HBギャラリーの「和田誠・挿絵原画 大公開」へ。昔の挿絵原画と、復刻されたモノクロの童話(おさる日記)が何種類か売られていた。迷って結局買わずに出てしまった。

12月×日

 原宿のLAPNET SHIPでMurgraphの個展「3 chords」を観る。Murgraphこと下平晃道くんの、同時期に開かれる個展のひとつで、こちらはイラストレーションサイドの作品が並ぶ。新作はタイトルの通り3色で描いたドローイングで、奥さんでパートナーの多田玲子(Kiiiiiii)が描く3色ボールペンのドローイングに影響されているようでもある。もちろんアウトプットの仕方はそれぞれ異なるけど、本当にこの夫妻は双子のようだ。きれいな多色刷りのZINEと、Tシャツを買って帰る(翌日、同じ展示を妻と娘と三人で観た)。

12月×日

 黒沢健一のアルバム『Focus』でご一緒した嶋本麻利沙さんの新作展「yellow turning gold」を、No.12 GALLERY(東北沢)で。前回の写真展「because there is light」を観て、すぐにアルバムの撮影を依頼したのがちょうど一年前のことだった。緑の木々がやがて紅葉して黄金色に変わるように(『Focus』リミテッド・エディションがお手元にある方は、ブックレットのライブ編直前の写真を参照)……まさに“yellow turning gold”のように時は過ぎ、嶋本さんの写真も黄色く深く色づいていた。というのはもちろんぼくの主観に過ぎないが、もしあの時出会っていたのが今回の写真だったら……と思うとますます運命を感じずにはいられない。

12月×日

 久々に銀座へ。長い行列とテレビの取材。きょうがアバクロ銀座店のオープン日らしい。行列にも渋滞にも興味ないので足早に素通りして、ギンザ・グラフィック・ギャラリーで開催中の「広告批評展 ひとつの時代の終わりと始まり」へ向かう。展示のディレクションがグルーヴィジョンズ。昔から広告批評は事あるごとに購入してきて大好きな雑誌だったが(とくに中村至男、グルビのAD時代)、この展示はまさしく「ひとつの時代の終わり」以外の何物でもなかった。1F中央に設置された白い箱の中に、トイレの落書きのような寄せ書きコーナーがあって、それが新しい広告批評の「始まり」に相当するらしかった。新サイトのURLと、その周りにマジックペンで書かれた広告業界人、編集者、あるいは広告業界を目指す学生たち?の、いまだに広告の未来を信じて疑わなそうな(とぼくには感じられた)書き込みの数々。2ちゃんやSNSの向こうを張っているようでいて、実は思い切り閉じているその小部屋にこそ、広告と広告批評のひとつの時代の終わりを見た気がした。会期がもしも半年後の(twitterとUstreamがある)現在だったら、切り口が全然違っていたかも、とも思う。広告批評の本当の「始まり」に期待している。

 会場を後にし、新橋のクリエイションギャラリーG8とガーディアン・ガーデンで開かれている「手ぬぐいTOKYO」へ。200人のクリエイターによる手ぬぐいの展示即売。以前ぼくも、複数のクリエイターによる…という触れ込みのTシャツ競売に参加したことがあるが、この手の企画では売れる商品と売れない商品の差が如実に表れて、ある意味非常に酷だといえる(自分のは売れなかった方)。この企画展に限らず、売れる作品とそうでない作品の違いをはっきり見極めることは、プロダクト制作において非常に参考になると思う。ネームバリューがあれば売れるというわけではなく、かといってクオリティが大事かと思えばそれだけでもない。

12月×日

 もうすぐ終わりそうなヴェルナー・パントン展を観に、初台の東京オペラシティアートギャラリーへ。徹底的にモダンで未来的で、ラグジュアリー(←パントンのパターンをジャケットに使ったFPMのアルバムのタイトル)を追求したプロダクトの数々。最近観てきた質実剛健、シンプル・イズ・ベストのプロダクトとは対極の世界。パントンのインタビュー映像を観ながら、3Dカーペットの「ウェーブ」に寝転んでそのままうとうとしてしまった。

12月×日

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 年の瀬。今年はありがたいことにたくさんの仕事に恵まれた。しかも締めくくりを、ずっとデザインに関わっているスムルースのアルバム撮影のための大阪出張で飾ることができた。前回(1月)と違って遊びにいく時間はほとんど取れなかったけど、大阪の中心部から少し離れた岸和田で同じ時期に開かれている、はまのゆかさんの「Thank you!! 原画展 〜デビュー10周年記念〜」だけはどうしても観ておきたかった。はまのさんは「13歳のハローワーク」の挿絵で有名なイラストレーターで、スムルースのヴォーカル徳田君の大学の後輩にあたることを前々から聞いていた。

 なんばから特急サザンに乗って岸和田へ。古き良き情緒が残る街並みを歩くこと約15分。会場の自泉会館は、古い様式の建築がそのまま残されている、地域の大きな公民館みたいなところ。その一室にはまのさんの10年分の作品が並べられている。手作り感あふれる展示が彼女の絵にはよく似合っているように感じられた。本人に会えなくても、と思い、ノートに感想とスムルースの撮影で東京から来た旨を残して帰ろうとしたら、それを見たはまのさんご本人が声をかけてくれて、スムルースのことや絵のことについて短い時間話すことができた。こんな小さなことでもいつか何か、自分自身や自分のまわりでつながることがあればいいなと願いつつ、いつも展覧会に直接足を運んでいる。

>>展覧会日和[2009・9~10月]

展覧会日和[2009・9〜10月]

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9月×日

 「堀内誠一 旅と絵本とデザイン」がまもなく終わるので、歩いて世田谷文学館へ。堀内さんの膨大な仕事が、旅、絵本、デザインの3つのテーマに沿ってまとめられていた。イラストレーターが描く手描き地図+旅エッセイの元祖が堀内さんだともいわれている。昔の「アンアン」や「オリーブ」で盛んに喧伝されたパリのイメージに誘われて、実際に旅してみると、建物は古くて汚いし、路上には犬やウマの糞があちこちに落ちている。真実のパリは日本人の女の子たちが連想したような可愛い街ではなく、しっとりと落ち着いた色合いを持つ大人の街だった……。パリやヨーロッパの間違ったイメージを日本に流布したのが堀内さんではないか、と勝手に思っていたら全然そんなことはなくて、展示されていた書簡や旅行記のそこかしこに「実際のパリは汚い」みたいなことが散々苦々しく書かれていて面白かった。堀内さんの作品やデザインにも、日本人特有のすっきりしたわかりやすさでは割り切れない、独特のビターな感覚が宿っているように感じられる。

9月×日

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 渋谷の松濤美術館で「江戸の幟旗 庶民の願い・絵師の技」を観る。幟旗(のぼりばた)とは端午の節句の時期に神社等に飾られる細長い旗のことで、収集家によって集められた江戸時代から伝わるコレクションの数々が展示されていた。横が短く縦が長い定型のサイズの中に、文字だけをデザインしたもの、可愛い干支の動物のイラストが描かれたもの、天地の長さを上手く使って天上から庶民の生活を見下ろすような構図で描かれたドラマチックなもの、などいろいろな種類がある。どれも端午の節句のため、という目的から、子どもへの温かい眼差しや可愛さ、メッセージ、元気さなどが込められているようだ。幟旗の日本随一のコレクターは、イラストレーター北村範史さんの叔父さんだそうで、今回のコレクションもその叔父さん(勝史さん)が所有するものが大半を占めているのだという。展示物の多くが収録された美しい図録を買って帰った。

9月×日

 たくさんの仕事が終わったり始まったりする中、束の間の休息を求めてギャラリーへ。馬喰町のFOIL GALLERYで、前から見たかった青木陵子作品展「オブジェクト・リーディング」。青木さんの作品は、前にKiiiiiiiのライブを観るためNYを旅したとき、チェルシーのギャラリーで観たことがある。KiiiiiiiのLakin’(多田玲子)のドローイングに共通するセンスを感じる、ノートの切れ端などに描かれた絵が、広くて天井が高いギャラリースペースいっぱいに無造作に広がっていた。今回もそのときと同様の展示。繊細なのに暴力的。

9月×日

 9月は連日多忙のため、観たかった和田誠さんの展示@gggを見逃してしまう。仕事を終えて夜、北村範史さんの展示第二弾「SCRAPS」を観に、事務所のすぐ近くのバーhanamiへ。店内の壁一面にこれまでにカラーインクで描いた作品のプリントアウトが飾られている。これまでの作品のベストアルバム的な展示。カラーインクはインクの特性上褪色が気になり、代わりにそれよりも長持ちするインクジェットで出力した作品を、グッズ感覚で販売することを思いついたのだそうだ。このやり方だったら、作品を各地に送って全国ツアーもできそう、みたいな話で盛り上がった。

 
10月×日

 忙しい中風邪を引いてしまった。インフルエンザではなかったのが幸いか。急に肌寒い季節の変わり目、原宿のGAPで娘のスパッツを買ったあと、HBギャラリーでさかたしげゆき個展「子どものころ」。丁寧に描かれた風景画とキャラクターっぽい子どもの絵のミックスが新鮮(→PICT WEB)。そのあとOPAギャラリーに移動して、年に一度の河村ふうこ&毛利みき展「私の部屋〜花を添えて」の初日へ。河村さんと毛利さんにご挨拶と、昨年の展示直後に生まれた娘の写真を見せて軽く自慢(申し訳ない)。河村さんの絵が少し大人っぽくなった。毛利さんのカモミールの絵が、香りが漂ってくるみたいに素敵だった。

 娘の寒さ対策に青山のマクラーレンにベビーカー用の防寒具を買いに行く途中、急に尿意を催し公衆トイレを探したが見つからない。喫茶店と思って駆け込んだ場所が、たまたま秋山庄太郎写真芸術館という写真家の私設ギャラリーだった。我慢ができず結構な入場料金を払ってようやく思いを果たしたあと、せっかくなのでそのまま展示を隅々まで見ることに。「それぞれの四季~前田真三+前田晃+秋山庄太郎 風景三人展~」という内容で、秋山庄太郎と盟友の前田真三、その息子の前田晃の三人による風景写真を展示していた。恥ずかしながらここに来るまで、秋山庄太郎という写真家のことを全く存じ上げなかった。風景写真を撮る際に自分の存在を消し去るという前田真三氏と、風景を目にした瞬間の感動をも写真に封じ込めた秋山庄太郎氏の、二人の作風の対比が面白い(晃氏は父に近い)。どちらの写真が好きだったかと問われれば、間違いなく秋山さんの方だろう(「デザイン=器」的には、器の上に載る料理には存在感が充満しててほしい)。トイレに行く用事がなければ一生訪れることはなかっただろうけど、普段見ないタイプの写真をじっくり見ることができ、そこから多くのことを学べてうれしかった。

 ほっとした気分で、帰りにギャラリー360°に立ち寄る。「ジャパニース・ポップ NOW」というタイトルで、日本のポップな画家(スージー甘金、伊藤桂司ほか)の作品を展示していた。逆柱いみりという漫画家が描く油彩作品の、奇妙な異国情緒とパノラマ感に釘付けになってしまった。作品そのものがほしいくらいだったが、販売されていたミニ画集「臍の緒街道」でがまん。
 
10月×日

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 レコード会社でのミーティングのちょっと前に、原宿ソーン・ツリー ギャラリーのグループ展「bird watching」を覗く。グループ展とはいえあなどれない力作揃い。図録買ってくればよかった……。

>>展覧会日和[2009・7~8月]

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