RETURN OF THE DREAD BEAT〜MUTE BEAT復活

ミュート・ビートが一夜限りの復活ライヴ、とミュージックマシーンに書かれていて驚いた。
ぼくが熱心なミュート・ビートのファンだったのは大学時代だから、もうあれから約20年も経つわけだ。実はデザイナーになる直前のライター時代に、いまはなきレゲエマガジン(RM)にミュート・ビートについての長い文章を執筆したことがある。ほかにも『集団左遷〜小玉和文の映画音楽〜』についてのレビューや、DJ FORCE(ドラムンベース/ハードコアのDJ)のインタビューも出ているはずなので、物好きな人はバックナンバーをさがしてみてほしい。
それはそうと、ミュート・ビートの活動期のライヴを一度だけ地元の静岡で観たことがある。貧乏学生だったその頃の自分には東京へライヴを観に行く金などなく、『宝島』にたびたび載る“東京ソイソース”などのレポートを指をくわえて眺めつつ、地元でも手に入るCDを買って聴くしか彼らの音に触れる術がなかった(カセットマガジンの『TRA』も買っていた)。そんな折りにとびこんできた来“静”の知らせに、思わず飛び上がって喜んだほどだった。場所は、駅南にあったモッキンバードというライヴハウス(ヒカシューやルースターズも来たことがあるらしい)で、メンバーは今回の復活ライヴとも重なる、こだま和文(Trumpet)、増井朗人(Trombone)、松永孝義(Bass)、朝本浩文(Keyboards)、宮崎“DUB MASTER X”泉(DUB Mix)に、ドラム今井秀行という、『FLOWER』〜『LOVER’S ROCK』時の最強の布陣(GOTAさんは既にロンドンに旅立っていて不在だった)。
たしか『LOVER’S ROCK』発表前後のツアーで、アルバムからの新曲を混ぜつつ、『STILL ECHO』や『FLOWER』の黄金の曲々を並べた構成だったと思う。『LOVER’S ROCK』のジャケットにも象徴されるように、あの頃チェルノブイリの原発事故の余波で世の中がピリピリしていた。こだまさんのMCにもその影響が色濃く出ていたように思う。このへん記憶が定かでないが、『LOVER’S ROCK』の収録曲の「DUB IN THE FOG」にちなんで“セシウム・イン・マイ・ポケット”のエピソードを紹介していた。曰く、原子力発電所のあるヨーロッパのどこかの町で、ある男の子が小さな光る石が地面に落ちているのを見つけた。男の子はそれを拾って宝物のように自分のポケットにしまっておいた。しばらくしてポケットのあった男の子のおなかに焼けただれたような小さな穴が空いてしまった。それはただの石ではなく、実は放射能を含んだ核廃棄物だった……みたいな話。決して拳を振り上げたり青筋立てて怒ったりしない、こだまさんの訥々としたしゃべりとジャケット写真と無言の音による、静かな(STILL ECHOのような)抗議がぼくは好きだったし、いまでも好きだ。

そのとき面白かったのは、決して広くないライヴハウスの前後で客の反応が全く違っていたこと。前の方の客は踊り、後ろの客は腕を組んで静かに観ている。ぼくは最前列で踊る方だった。が、終盤になって、踊っていた誰かが後ろに振り向いて「お前ら踊れよ!」と大声で怒鳴っていた。うっ、熱い、なんか時代を感じさせる。当時静岡にはレゲエで踊る風習は確実になかったし、ミュート・ビートの曲なら立って聴くも座って聴くも自由だろう。しかしそんな騒ぎをよそに、ステージの5人+DMXは涼しい顔で演奏を続けるのだった。不良でもなく生真面目でもない、クールとしか言いようのない彼らの姿勢/佇まいには、人生とデザインの両面でかなりの影響を受けた、と我ながら思う。
21世紀、この未来の日本に、彼らのエコーはどんなふうにこだまするのだろうか、楽しみだ。
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