メタル マクベス@青山劇場(2006/6/9)
青山劇場で劇団☆新感線の公演「メタル マクベス」を観てきた。新感線の芝居を生で観るのはこれが初めて。仕事の都合等でかなり遅れて席に着いたら、松たか子が回転ベッドの上で身をくねらせて歌唱中。まだ公演が残っているので詳しい感想は控えるが、近未来の王国での出来事(本来の「マクベス」に近い)とメタル・バンド「メタルマクベス」のエピソードを絡めたお話は、「マクベス」の要素をきちんと押さえつつ独自のものになっていて、とてもわかりやすく、かなり笑えてかつちょっと泣ける。これはクドカン脚本の新境地かも。内野聖陽と松たか子のマクベス夫妻の熱演や、久々に見た上條恒彦の渋い演技など、役者も魅力的。映像や音楽を巧みに使った演出も素晴らしく(メタル・バンドはもちろん生演奏)、目と耳と頭、すべてを刺激する「総合芸術」の奥深さに触れた思いがした。カーテンコールであんなに幸せな気持ちで拍手ができたのも久し振り。
家に帰ってから買った「マクベス」の原作(パンフレットにも紹介されていた、今回クドカンが参考にした松岡和子・訳のちくま文庫版)を一気に読みつつあらためて考えたこと。冒頭、三人の魔女がマクベスに囁く(=王の暗殺をそそのかす)ところからマクベス夫妻の悲劇は始まるのですが、悪人が悪人になるタイミングって一体いつなんだろう、と。最初は純粋で少しだけ上昇志向の強かった一人の男が、魔女の囁きをきっかけに運命の奈落の底に堕ちていく。この囁きは、きっとこの世に生まれた誰もが等しく耳にする可能性があるものだと思う。村上春樹風にいえば「それは私であるかもしれないし、あなたであるかもしれない」(『約束された場所で』)。一番最初の魔女の台詞「きれいは汚い、汚いはきれい」もそのことを暗示している。最近起きたいくつかの悲しい事件を思うにつけ、善と悪の境は本当に紙一重だと感じずにはいられない。「メタルマクベス」のあの魔女たちに囁かれたらどうかな…そのまま通りすぎてしまうかもしれないけど…。

